2日後。

1ヶ月前と同じショップに入ったミロは、綺麗にディスプレイされているものの中から一つを選ぶと、店員に包んでもらうよう頼んだ。

「同じモノっていうのは芸がないけど、こういったものは合わせてみないとわからないからなぁ」

そう言いながらも店員から品物を受け取り、機嫌良くショップを出ると、さてどうしたものか。

本当ならば聖域に帰らなければいけないのだが、ふと気の向くほうに足を向け、しばらく歩いてみることにした。

時刻は6時少し前。

ギリシャの人たちは夕食が遅く、8時過ぎから12時近くまで食べている。

所々にあるタベルナの賑わいも、まだまだ序の口といったところだった。

その店は、表通りから少し入ったところに、ひっそりとあった。

いつもなら気にもとめないような店に、何故か引き寄せられるように入っていった。

カラン、というカウベルの音と共に、いらっしゃいませと声がかかったきり、もとの静けさが戻ってきた店内は薄暗く、でも暗すぎない落ち着いた雰囲気をかもし出している。

……アンティークショップ……なのか?

よくよく見回すと随分と古そうな物がたくさん置いてあった。

その一角に、あまり大きくはないガラス張りのディスプレイケースがあり、ミロはそのケースを覗き込んだ。

「何か、お気に召した物はございますか?」

「……これは……?」

「私の古い友人が作っている物でございます。どうぞ、お手にとって見てくださいませ」

言いながら店の主はケースの蓋を開け、中の物を見やすいように動かした。

「彼の作る物は、持ち手を選ぶと言われております。どうしてそのように言われるようになったかは分かりませんが、贈られた方は皆喜んでくださっているようです」

 ソレは、ケースの隅のほうに置いてあった。

「……この名前は何と言うんだろう?」

「これの名は……」

何気なく入った店で、ソレを見つけた。

翌日アテネ市内から戻ったミロは、意を決して双児宮へ向かった。

「サガ! カノンはどうしてる?」

「……カノンならば、まだ寝ていると思うが。一体何なのだ? 朝早くから」

さあ、今日も1日お務め頑張ろう!という時に、突然飛び込んできたミロに、サガは不機嫌さを隠そうともしない。

「カノンの具合は? もう大丈夫なのか?」

「そんなに気になるのなら、見に行ってみればいいだろう。私は今から教皇の元へ行くから、あとは……」

言いかけて振り向き、ため息をついた。

……起こすな、といっても無理なのだろうが……

せめて人の話を最後まで聞けるくらいの余裕は持ってもらいたいものだ。

「アイオロスは放っておけ、とでも言うのだろうな……」

そう囁いて、サガは双児宮 を後にした。






コンコンコン……

「カノ〜ン、起きてるかぁ〜?」

息を殺した小さな声で呼びながら、そぉ〜っとドアを開けて中へとはいると、案の定ベッドではカノンが寝息を立てている。

枕元に近寄り覗き込んでみると、ミロの金色の髪がカノンの頬を掠り、むずかるように寝返りを打つカノンを見つめ、1ヶ月前の自分を思った。


『なぁ、お前は兄貴?、弟?』


何故、見分けられなかったのだろう。

今なら、見誤ることなくサガとカノンを見ることができるのに。

サイドボードにメガネを置いたミロは、ベッドの端に座り、左手でそっとカノンの頬に触れる。

そして、右手を伸ばし……



バチン!


耳元でいきなり何かを挟むような音がして、カノンは飛び起きた。

否、飛び起きたつもりでいただけで、実際はミロにのし掛かられベッドに押さえつけられていた。

「……ミロっ?! お前、一体……」

どうしたんだ、と続けようとしたカノンは、ミロの嬉しそうな顔を見て何も言えなくなってしまった。

「へへへっ、やっぱりこの色はカノンによく似合ってる。絶対似合う!」

……何を言っているんだ、コイツは?

寝起きのせいもあり、訳が分からないで途方に暮れていると、ふいに左耳から起こる痛みに意識を持っていかれる。

「お前、他人様の身体に勝手に穴あけるんじゃねぇよ」

左手をそこに持っていきそこに触れてから、2日前、否もう3日前になる、ミロがメガネを壊してしまってからというもの、何度ついたか分からない溜息をもう一度、深くそしてゆっくりとついた。



あの時、部屋に戻ったものの、熱があると心配してくれたミロに対して、あんな態度をとってしまったことが気になり、リビングに戻ってしまった。

カノン自身、どうしてそんな行動に出たのか分からない。

ただ、リビングの扉越しに聞いてしまった。



『そんなメガネ踏んだくらいで……』



怠い身体をベッドに投げ出し、ずっとうつ伏せのままで枕を抱きかかえるようにしていた。

……たかだかメガネを壊されたくらいで、何だってこんなに落ち込まなきゃなんないんだよ、何だって、こんな……

怒るよりも悲しかった。そんなことくらい、と言いきられることが寂しかった。

……なのに……

「昨日市内でちょっとした店をみつけてさ。そこでコレ見つけたんだ。これならカノンの髪の色にも負けないし。ホラ、見てみろよ!」

いそいそと鏡を出してくるんじゃねぇ!、心中で毒づきながら見るもんかと顔を背ける先には。

「あれ? ……メガネ?」

「そ。昨日買ってきたんだ。この前、俺が壊しちゃっただろ。悪かったよ、ゴメン……」

それに、もうしばらくは要るだろう?……

そう言いながら身体を起こして、ミロは少し苦笑した。

「んなこと気にしちゃいねぇよ。だいたい……」

「でも、喜んでくれたんだろ?」

カノンが喜んでくれると俺も嬉しいんだ、という声が心地よく、カノンは自分がもう怒ってすらいないことに気づきもしないで、ただじっとミロを見つめた。

「何で? こんなコトするんだ?」

……ん〜、わっかんないかな〜

クスクス、と笑い声が聞こえ不意に我に返ったカノンの耳に、今度はミロの吐息がかかる。

「……好きだから。カノンが、好きだから、だよ」

そう言いながら、カノンの首に顔を埋めてくるミロを、視界ではなくその息遣いで感じながら、そうだったのか、と思った。

好きだから。だからそんなこと、と言われて悲しかったんだ、と。

そうか。そうだったのか。

「なぁ、カノン。この石「藍晶石」っていうんだって」

「……らん…なんだって?」

「らんしょうせき。カイアナイト。綺麗だろ? 絶対カノンに似合うって思ったんだぁ」

「だからって、勝手にこんなことするな。それに……」

……おい、ウソだろ?

気持ち良さそうな寝息だけが聞こえてくる。

「だ、か、ら! 何だって俺の上で寝るんだよ……俺はお前の枕じゃねぇって」

思わず額を押さえた手を耳にやり、たった今ミロがつけたばかりのピアスを触ると、ピリリッと痛んだが、自覚してしまった後ではそれすらも嬉しいと思えてしまう。

「ったく、しょうがないヤツだな」

心地よいミロの重さを感じつつ、いつの間にかカノンも静かに眠りの中に落ちていった。

ただ貴方に贈りたいと、それだけを想ったから。